ON FIELD | トランスフォームスポーツの収益化戦略 ― Z世代を掴む「熱狂の濃縮体験」とは？ ／小倉摩椰

スポーツの「今」を世界の現場から伝える連載 「ON FIELD」。
前編に続き、後編は「トランスフォームスポーツの収益化戦略 ― Z世代を掴む「熱狂の濃縮体験」とは？ 」をお届けします。

前回の記事では、新しいスポーツの形である「トランスフォームスポーツ」とその成り立ちを紹介しました。今回は、競技のルールや構成ではなく、どのような訴求や戦略の積み上げが収益の獲得につながったのかに焦点を当てる「収益化」を主軸に論じます。

収益の獲得に必要なビジネス的アプローチ

従来のスポーツの課題を克服し、再設計することで生まれたトランスフォームスポーツを、持続可能な事業として成立させるためには、明確なコンセプトとターゲットを設定し、それに基づいた収益化戦略を構築する必要があります。そうしたビジネス的なアプローチを取り入れ、実際に収益化に成功しているのが、前回の記事で紹介した3×3、キングスリーグ、トゥモローズ・ゴルフリーグ（以下、TGL） です。

「3×3」・「キングスリーグ」・「TGL」に共通する収益化の戦略

日本ではまだ大きく報じられていませんが、3×3、キングスリーグ、TGLは、既存スポーツには見られない異例のスピードで経済規模を拡大し、早期段階での収益化を確実に実現しています。 

こうした具体的な数値は、新市場創出・投資回収の観点からも、これらのトランスフォームスポーツが早期に確立した収益モデルにより成功していると分析できます。
新規スポーツとして収益化に成功した3×3、キングスリーグ、TGLの共通点は、ビジネスで新しいブランドや事業を立ち上げるときと同じく、最初に「コンセプト」と「ターゲット」を明確化したことです。
これら3つのスポーツには共通して、「熱狂の濃縮化・維持」のコンセプトと、ターゲットを「Z世代」に明確化することで、収益モデルの確立に成功していると考えられます。
「観る時間は短く、刺激は濃く、参加感は高く」という体験設計により、限られた時間でも熱中できるフォーマットが確立されました。

 こうした戦略的な体験設計をする背景には、若年層の観戦離れという現実があります。USA Todayの調査では、自分を「熱心なスポーツファン^(*7)」と答えたZ世代は23%にとどまり、ミレニアル世代の42%から大きく落ち込んでいます。この現実に対し、3つのトランスフォームスポーツは試合のルールや配信設計等を「濃縮」方針で再構築したのです。

Ｚ世代の心の掴み方は「デジタルネイティブへの最適化」

では、Z世代の関心を取り戻すためにどのような工夫がなされたのでしょうか。
Z世代はデジタルネイティブであることから、SNSへの依存傾向が強いとされています。アメリカの調査では、約82％が「SNSは中毒性がある^(*8)」と感じていると回答しており、SNSの利用がドーパミン報酬系回路を刺激して快楽行動を強化している^(*9)と指摘されています。さらに、Z世代の78％がテレビを視聴しながらスマートフォンを利用している^(*10)など、集中力が分散している傾向も考慮しなければなりません。

このようなZ世代の特性を踏まえると、3×3・キングスリーグ・TGLはいずれも共通して、「熱狂の濃縮化」をコンセプトに据えていると考えられます。

ここでいう「熱狂の濃縮化」とは、スポーツ観戦において「最も盛り上がる瞬間」を凝縮し、観る人の集中を最大限に引き出す設計を指します。これは、SNSでいう「ハイライト動画」のように、試合中のクライマックスを短時間で連続的に体験できるよう工夫されており、瞬間的な興奮を最大化する構造を徹底的に設計した結果なのです。

「飽きさせない設計」と観客のエンゲージメント向上

熱狂を維持するための「飽きさせない設計」は、主に以下のルール改変によって支えられています。

これらの仕掛け、特に音楽や歓声の導入は、観客と試合との心理的な一体感（高揚感）を強化し、コート縮小や試合時間短縮は攻防の密度を高めることで、観客を積極的な視聴状態へと導きます。キングスリーグにおけるSNS投票によるルール決定などの観客参加型要素も相まって、観戦体験は、受動的に試合の進展を「待つスポーツ」から、能動的に試合の展開や結果に介入し楽しむ「参加感の強いスポーツ」へと進化しました。

試合時間に応じた「仕掛け」の導入

試合時間の長さによって、観客を飽きさせないための「仕掛け」の数が調整されている点も、戦略的設計の顕著な特徴です。試合時間の長いトランスフォームスポーツほど、観客を飽きさせないための「仕掛け」が多く取り入れられている傾向があります。

3×3は試合時間が10分間と短く、交代制を無制限にし、21点先取制を導入することで、試合全体を通じてテンポを途切れさせない構成を設計しています。一方で、キングスリーグ（40分）やTGL（120分）といった比較的長時間の試合構成では、観客を飽きさせないための「仕掛け」が多く取り入れられています。また、キングスリーグでは特別カード導入やゲスト選手の登場といったサプライズ性の高い仕掛けが特徴です。TGLでは長時間でも緊張感を維持できるよう、選手の会話をリアルに聞けるようにマイクを装着したり、流れを大きく変える「ハンマー」と呼ばれる特殊ルールなどを用いて、試合の展開や結果の予測を抑える工夫が施されています。こうした特殊ルールは、試合に予期せぬ要素を加え、緊張感を維持することを目的としています。

このように、試合時間が長くなるほど仕掛けの数が増える傾向にあり、いかに観客の「熱狂」を濃縮し、維持するかが、各リーグの設計思想の中心にあることが分かります。

収益化の成功要因から読み解くスポーツの未来

収益化に成功しているトランスフォームスポーツを分析すると、共通してZ世代に「熱狂の濃縮化」という新たな価値体験を提供した点が、成功の鍵になっていると考えられます。単にスポーツを短縮しただけでなく、瞬間的な興奮を最大化する構造を徹底的に設計したことで、デジタル世代の集中持続時間にフィットしたフォーマットを確立しています。
急速な収益モデルの確立という観点でも、これらのトランスフォームスポーツは、既存スポーツが獲得できていない層（特にZ世代）の関心を取り込んでおり、既存スポーツにとって明確な競争相手となりつつあるのも事実です。キングスリーグでは観客の80〜95％が30歳以下のZ世代であるというデータも、その象徴的な例と言えるでしょう。
言い換えればこの状況は、スポーツ産業全体において、収益源であるZ世代の視聴時間とエンゲージメントの奪い合いが始まっていることを意味します。
しかし、キングスリーグ創設者のジェラール・ピケ氏が「サッカーを壊したいわけではない。僕たちはむしろ、このスポーツに新しい視聴者の目を向けさせたい^(*11)」と語っているように、トランスフォームスポーツは既存スポーツの代替ではなく、補完としての側面も持つのではないでしょうか。
トランスフォームスポーツの成功は、既存スポーツ産業に対し、「コンセプト」と「ターゲット」の明確化という戦略的教訓を応用し、消費者との新しい関係性を構築することが求められているという強い示唆を与えています。

 スポーツの未来は、競技の伝統を守りつつも、デジタル時代の顧客ニーズに応じたフォーマットの多様化、そして新しい顧客体験の設計にかかっているといえるでしょう。トランスフォームスポーツが切り開くこれからの新しいステージは、競技そのものの面白さだけでなく、そこに潜むビジネスチャンスと未来への可能性を私たちに示しています。

参照元

1. 3×3の2023年ワールドツアーで500万ドルの賞金を提供
   https://about.fiba.basketball/en/organization/strategy/make-3×3-the-most-thrilling-urban-sport
2. キングスリーグの2023年の売上が2,050万ユーロ
   https://cincodias.elpais.com/companias/2025-01-23/la-kings-league-de-pique-facturo-mas-de-20-millones-en-su-primer-ano-completo-de-actividad.html
   ※CincoDias（スペインの新聞記事）購読者限定記事
3. キングスリーグの売上が2023年から2024年で倍増
   https://www.sportspro.com/news/kings-league-gerard-pique-fans-gen-z-twitch-streaming-revenue-sponsorship/
4. キングスリーグのスポンサー収入比率約70%
   https://www.sportbusiness.com/news/kings-league-turns-tables-on-football-revenue-mix/
5. TGLは開幕前から評価額5億ドル
   https://frontofficesports.com/tigers-golf-league-hits-500m-valuation-before-first-swing/
6. TGLの新チーム「Motor City Golf Club」は総額7,000万ドルの価値見込み
   https://sports.yahoo.com/article/tgl-70m-detroit-expansion-team-183805761.html
7. 自分を「熱心なスポーツファン」か、のアンケート
   https://www.usatoday.com/story/opinion/2024/01/07/gen-z-disinterested-sports-nfl-college-football-championship/72117123007/
8. アメリカで行われたSNSの調査
   https://theharrispoll.com/briefs/gen-z-social-media-smart-phones/
9. SNSによるドーパミンの報酬回路
   https://med.stanford.edu/news/insights/2021/10/addictive-potential-of-social-media-explained.html
10. Z世代の78%がテレビ視聴中にスマホを使用
    https://talkerresearch.com/wp-content/uploads/2024/09/Talker-Research-Media-Consumption-Trend-Report.pdf
11. ジェラール・ピケの「サッカーを壊したたいわけではない」発言
    https://www.forbes.com/sites/aslipelit/2025/02/26/gerard-piqu-aims-to-boost–soccer-fandom-with-kings-league/